自筆証書遺言と指印

自筆証書遺言は署名と押印を要件としていますが、押印は実印でなく認印でも良いとされています。さらに印鑑による押印ではなくて、印鑑すら用いない、拇印(指印)であっても自筆証書遺言の効力は有効とした最高裁判例が存在します。平成元年2月16日に言い渡された判決です。

この最高裁判例においては、指印が有効である理由として、遺言者の同一性および真意を確保するという「押印」の趣旨に照らせば、指印も遺言者の同一性および真意の確保に欠けるとはいえないということです。また、わが国の慣行では文書作成者の指印に、印章の押印と同等の意義を認めているということや、必要以上に遺言の方式を厳格にすると遺言者の真意の実現を阻害するおそれがあるということも理由としています。

しかし、この最高裁判例は平成元年の判例ですが、そのときから現在まで社会情勢は急速に変化し、今の世の中で本人確認の厳格化が一層進み「指印を印象の押印と同等」とするような慣行があるといえるでしょうか。

あるいは今後さらに本人確認の厳格化が進めば、誰が署名したのか、押印したのか分からないような自筆証書遺言など考えられないという意見の方が多数とならないでしょうか。

不安定な効力

以上のように、自筆証書遺言は例え過去の裁判例が有効としていても覆りかねない、その効力が不確実となることが多い遺言と言わざるを得ません。

弁護士としても、よほど単純な内容の遺言でない限り、例えば全財産を妻に相続させる、次男、三男に500万円ずつ相続させる、その余の遺産は長男に相続させる、というような単純な内容でない限り、自筆証書遺言の作成を引き受けることは無いと思います。

遺言の内容を相続開始以前に見直すことはまれであり、内容を見直したときには遺言者はすでに死んでいるというケースで、善管注意義務違反を問われた場合、その責任の大きさは計り知れません。

裏を返せば、自筆証書遺言の作成を引き受ける、あるいは代行する、保証する弁護士というのは、依頼をすることをちょっと考え直した方が良い側面があります。

弁護士としても、自筆証書遺言の効力の保証を求めるような依頼者も多いものですから、十分に注意しなければいけないと思います。

公正証書遺言が望ましい

さて、被相続人にとっても、相続人にとっても、依頼を受けた弁護士など士業にとっても、自筆証書遺言によって相続対策、遺言業務を進めることは、効力が不確実というリスク一つをとってもデメリットが大きいものです。

これに加えて、保管の不確実性、誤字誤植による無効の可能性、判断能力が争われるリスクなどと相まって、私ども専門家の立場からはとても自筆証書遺言というものは勧められたものではありません。

戦後制定された民法も70年以上のときを経て、文書を手書きで作成するしか無い時代、それこそ文書をかける人間が希少だった時代、そして法律知識を有するものも希少で、法律に関する情報を入手することが難しかった時代の、いわばカビの生えたような制度が自筆証書遺言制度かと思います。

文書を手書きで作成することはまずない、文書は誰でも書けるし、インターネットの普及で遺言に関する知識は誰でも知ることができる、今はそのような時代ですので、遺言は公的な方法で保管される仕組みこそ原則とし、そのような公的な保管の裏付けの無い遺言は無効としても良いと思います。自筆証書遺言を無効とする代わりに、公的な方法で作成された遺言、すなわち公正証書遺言の作成手数料を軽減し、なおかつある程度単純な遺言はチェックシート方式にするなどして、市役所等の窓口で簡易に作成、保管することを可能とすることが望ましいと思います。